一人になる大切さとは?
- 三木崇稔(みき たかとし)
- 2019年4月9日
- 読了時間: 3分
皆さん、こんにちは!
デームコーチングオフィスの三木崇稔(みき たかとし)です。
皆さんは、財布やスマホなどが見当たらず、探し回ったという経験はありますか?
僕は車の鍵を上着のポケットの中に入れたままにしたことを忘れ、家の中を探し回ってしまったという経験がしょっちゅうあります。
こういった事態を起こさない為にはどうすればいいのか?
簡単です。きちんと整理整頓をして、常に決まったところに物をしまうことです。ただ簡単ですが、気が抜けていたり、慌ただしくしていたりするときには、このことが頭からすっぽり抜け落ちて、つい疎かにしてしまうことがあると思います。
なぜ僕たち現代人にはそういった瞬間が生まれるのか?その答えは、人それぞれ違うと思いますが、共通して言えることは、この現代社会には様々な情報に溢れているからと個人的には感じています。
仕事や人間関係、遊びなどどんな人もそれらのいずれかについて、悩みを抱えているものです。そして、良くも悪くもそれらについての情報をすぐにキャッチすることができる。けれど、情報をキャッチすることができても、その情報を咀嚼するスピードが追い付いていない。だからこそ人はあれこれと考える、気が抜けることがある。要するに、現代人は常に何かの情報に囚われていると言えるかもしれません。
ただ僕は思うのです。現代のように自分の知りたい情報がすぐに手に入るのはとても良いけれど、あまりにも膨大な情報の中に埋もれていては、自分にとって本当に大切な情報を判別することができなくなるのではないかと。
例えば、部屋を想像してみてください。部屋がモノで溢れかえっていたら、必要な時に必要なモノをすぐに見つけられるでしょうか?おそらく、探すのに手間取ると思います。
だからこそ、整理整頓が大切なのです。勿論、部屋の整理整頓も大切ですが、頭の中の整理整頓もとても大切です。
頭の中の整理整頓とは何か?
それは、頭の中を空っぽにすること。なんだかこんな風に表すと、馬鹿っぽく思われるかもしれませんが、頭を空にすること。この重要性は昔から言われているのです。
例えば、皆さんは般若心経というものをご存知でしょうか?宗派によっては違うところもありますが、お葬式や法事などで「仏説摩訶般若波羅蜜多心経(ぶっせつまかはんにゃはらみったしんぎょう)」とお坊さんが唱えるお経ですね。
般若心経は少し大雑把に言うと、頭の中を空、つまり無にすることで今抱えている悩みから離れ、我欲や迷いを解き放とうとするのが目的です。なので、お葬式や法事で唱えられるのは、故人がこの世に未練を残さないようにするためなのだと思います。
つまり、頭の中を空っぽにすること、頭を無にすることで、欲や迷いから解放されると大乗仏教の教えの中にあるのです。
だからこそ、皆さんも是非般若心経を唱えましょう!とまでは言いません。現に僕もお葬式や法事くらいでしか唱えませんので。ただ、たまには身近にある情報、例えばパソコンやスマホなどから距離をとり、一人きりになってボーとしてみることも大切ではないかと感じます。

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